東北大学 金属材料研究所 量子ビーム金属物理学研究部門

東北大学 金属材料研究所 量子ビーム金属物理学研究部門
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最近の論文から

Relation Between the Lattice Volume and Characteristic Temperatures in Yb-based Multiorbital Kondo Systems (R,Yb)Rh2Zn20 (R = Sc, Lu, and Y)
T. Kitazawa, Y. Ikeda, Y. Shimizu, A. Matsuo, M. Yamashita, K. Kindo, and M. Fujita,
JPS Conf. Proc., accepted.

重い電子化合物において元素置換は,c-f混成の強度を表す近藤温度の制御手法として広く活用されています.しかし,重い電子化合物では近藤温度の他に,磁性イオンの周期配列に起因した特性温度も存在します.そのため,元素置換による近藤温度の変化を調べることは一般的に困難です.そこで我々は,磁性イオンをイオン半径の異なる非磁性のR = Sc, Y, Luで希釈した(R1-xYbx)Rh2Zn20 (x <<1)の単結晶を作製し,R = Sc, Y, Luの各系におけるYb単サイトの近藤温度を磁化測定により調べました.磁化率の温度変化では,いずれの系も極大が現れ,さらに温度を下げると,フェルミ液体状態を反映して一定値に漸近する振る舞いが見られました.極大を示す温度と低温極限の磁化率の値は,近藤温度に比例することが知られています.これら2種類の特性パラメータをそれぞれ格子体積に対してプロットすると系統的な変化が見られ,Ybを含む系の近藤温度は,正の化学的圧力効果によって確かに減少することが分かりました.

     

Cu K-edge X-ray absorption fine structure study of T'-type RE2CuO4+α-δ
Y. Chen, S. Asano, T. Wang, P. Xie, S. Kitayama, K. Ishii, D. Matsumura, T. Tsuji, T. Taniguchi, and M. Fujita,
JPS Conf. Proc., accepted.

Nd2CuO4 (NCO) と La1.8Eu0.2CuO4 (LECO) は,同じ結晶構造を持つ銅酸化物です.しかし,後者のみ還元アニール処理で超伝導化します.この要因として,面内格子定数の大きさに起因する物理量の違いを我々は考えています.そこで今回,格子定数がNCOとLECOの間にあるPr2CuO4とPr1.3La0.7CuO4について,アニールで生成される電子の量(nAN) と,銅と酸素の光学ブランチのアインシュタインエネルギー(ħωE)を放射光X線で調べました.アニール後も非超伝導体である今回の試料は,NCOに近い結果を示しました.これら結果から,超伝導は銅と面内酸素の距離(dCu−Op)が長い場合に現れ,その境界値は 1.98 Å (PLCO) ~ 2.00 Å (LECO) にあると考えられます.一方,dCu−Opが大きくなると構造不安定性のために,静的な構造乱れが増えることもわかりました.構造乱れは超伝導を抑制するので,この乱れを抑えて,銅と酸素の距離を伸ばせれば,より高い転移温度を持つ,元素置換しない組成の超伝導体が得られることが示唆されます.

   

Controlling oxygen content due to Ar-annealing in T*-type RE2−x−ySrxCeyCuO4
T. Wang, P. Xie, T. Taniguchi, and M. Fujita
JPS Conf. Proc., accepted.

The physical properties of cuprate oxides are sensitive to the oxygen content. Therefore, the annealing effect has been extremely investigated. However, only the oxidation annealing was applied for the T*-type cuprate. Here, we studied the oxygen reduction effect due to Ar-annealing on the crystal structure and magnetism of T*-type Pr1.6Sr0.4CuO4(PSCO). The x-ray diffraction measurement clarified the elongation(shrink) of c-axis(a-axis) due to Ar-annealing(O2-annealing). Moreover, the magnetization measurements on the annealed PSCO revealed an absence of well-defined spin-glass-like transition, which was observed in the as-sintered La1−x/2Eu1−x/2SrxCuO4. Therefore, the crystal structure and the magnetism can be varied due to oxygen reduction, suggesting that the Ar-annealin is a promissing way to control the oxygen content.

     

139La-NMR Study of Spin Dynamics Coupled with Hole Mobility
in T*-type La0.86Eu0.86Sr0.28CuO4−δ

T. Taniguchi, S. Kitagawa, K. Ishida, S. Asano, K.Kudo, M. Takahama, P. Xie, T. Noji, and M. Fujita,
J. Phys. Soc. Jpn. 91, 074710 (2022), DOI:10.7566/JPSJ.91.074710

214系銅酸化物高温超伝導体には3つの構造異性体があります.このうちT構造ホールドープ系La2-xSrxCuO4(LSCO)とT'構造電子ドープ系RE2-xCexCuO4では,超伝導との関係の観点から磁気相関が調べられています.しかし,T*構造物質に関しては,試料合成の困難さから,物質の発見以来30年以上,系統的な磁性研究は行われていません.我々はLa1-x/2Eu1-x/2SrxCuO4 (x = 0.28) を作成し,139La-NMR と電気抵抗測定をいました.その結果,3 K から 20 K の間で、電気抵抗と核磁気緩和率の 1/T に対して非常に似た振る舞いを示すことを見出しました.この一致は,低エネルギースピン揺らぎがドープされた正孔の移動と相関していることを示しています.また,LSCOの結果と良く整合するため,両者には共通したスピンと電荷の相関関係があることが示唆されます.

   

Distinct variation of electronic states due to annealing in T’-type La1.8Eu0.2CuO4 and Nd2CuO4
M. Fujita, T Taniguchi, T. Wang, S. Torii, T. Kamiyama, K. Ohashi, T. Kawamata, T. Takamatsu, T. Adachi, M Kato,
and Y. Koike, J. Phys. Soc. Jpn. 90, 105002 (2021). DOI:10.7566/JPSJ.90.105002

S. Asano, K. Ishii, D. Matsumura, T. Tsuji, K. Kudo, T. Taniguchi, S. Saito, T. Sunohara, T. Kawamata, Y. Koike,
and M. Fujita, Phys. Rev. B 104, 214504 (2021). DOI:10.1103/PhysRevB.104.214504

層状銅酸化物は,伝導面であるCuO2面周辺の局所構造が物性に影響を与えます.頂点酸素がないT’構造と呼ばれる銅酸化物では,元素置換を施していないRE2CuO4REは希土類元素)でも超伝導が発現するとされ,その機構が注目されています.T’構造のLa1.8Eu0.2CuO4とPr2CuO4の焼成直後(as-sintered)試料は,ともに超伝導を示しませんが,還元アニール処理により前者は超伝導化します.一方,後者はアニール後も非超伝導体のままで,この違いが含有する酸素量の違いによるものか,それとも本質的に違う物性を有することを反映しているのか決着していません.その解決には,結晶構造中の各酸素サイトの情報が必要です.我々は両物質に対して中性子回折実験を行い,結晶構造を解析しました.その結果,両物質のas-sintered試料を比べると,各酸素サイトの占有率がほぼ同じであること,またアニールによる酸素の変化も同程度であることことがわかりました.従って,アニール後の電子状態の違いは、酸素量の違いではなく,両物質に固有の性質であると考えられます.その違いの原因として,面内格子定数が違うことによるホッピングパラメータと電荷移動ギャップが関係していると考えて,この点に着目した研究を進めています.

  

電荷密度波が誘起する「対密度波」超伝導状態
H. Huang, S.-J. Lee, Y. Ikeda, T. Taniguchi, M. Takahama, C.-C. Kao, M. Fujita,, and J.-S. Lee,
Phys. Rev. Lett. 126, 167001 (2021). DOI:10.1103/PhysRevLett.126.167001

超伝導転移温度近傍の電子対の状態を明らかにするために,我々は,高品質な単結晶試料に対して高輝度共鳴軟X線散乱実験を行っています.今回,鉄を1%添加した銅酸化物高温超伝導体(La1.87Sr0.13Cu0.99Fe0.01O4)において,超伝導電子対の振幅が空間変調した状態であり,対密度波状態を形成している徴候を捉えることができました.この対密度波状態は,電荷密度波の形成とともに徐々に誘起され,電荷密度波の相関長が,層内の格子間隔のおよそ8倍を超えた温度から出現することがわかりました.この結果により,対密度波状態と電荷密度波状態の関係が明らかとなり,超伝導転移温度が高くなる原因には,電荷の自由度が関わっていることがわかりました.

  

Revisiting the Phase Diagram of T*-type La1−x/2Eu1−x/2SrxCuO4
Using Oxygen K-edge X-ray Absorption Spectroscopy

S. Asano, K. Ishii, K. Yamagami, J. Miyawaki, Y. Harada, and M. Fujita
J. Phys. Soc. Jpn. 89, 075002 (2020). DOI:10.7566/JPSJ.89.075002

PrTi2Al20が持つ結晶場基底状態は非磁性二重項であり,第一励起状態も大きいので,低温では多極子の影響が大きく表れます.私たちは,NMR および磁化・比熱の測定によって,強四極子秩序の対称性が1~2 T の磁場によって不連続にスイッチするという予想外の現象を見出し,四極子秩序状態の温度-磁場相図を実験的に決定しました.また対称性に基づく現象論的な考察により,基底状態が磁気双極子を持たない系では,外部磁場とのゼーマン相互作用と磁場によって誘起される四極子間相互作用の異方性が,同程度の大きさとなる可能性があり,両者の競合関係によって秩序変数のスイッチングが説明できることを示しました.さらにNMR ナイトシフトの異常な振る舞いから,四極子秩序を引き起こす相互作用の起源であるc - f 混成が逆に四極子秩序によって影響を受けるというフィードバック効果が,磁場誘起相転移のメカニズムに関係していることが示唆されました.

  

Magnetic behavior of T'-type Eu2CuO4 revealed by
muon spin rotation and relaxation measurements

M. Fujita, K. M. Suzuki, S. Asano, H. Okabe, A. Koda, R. Kadono, and I. Watanabe
Phys. Rev. B 102, 045116 (2020). DOI: 10.1103/PhysRevB.102.045116

Eu2CuO4は反強磁性Mott絶縁体として良く知られています.しかし,この物質が有する特殊な結晶構造のため,実は,超伝導が発現する可能性が指摘されています.超伝導発現のためには,Cuイオンの上下に部分的に存在する酸素(邪魔者酸素)を還元熱処理で除去する必要があると言われています.そこで,我々は熱処理前後の磁気状態をミュオンスピン回転・緩和法でみることから,邪魔者酸素の効果を調べました.その結果,熱処理していない試料では,スピンが揺らいでいる高温で部分的に磁気秩序が生じており.その部分磁気秩序は熱処理した試料では見られないことが,今回明らかになりました.従って,頂点酸素は弱い磁気秩序を誘起し,そのために競合する超伝導が抑制されている可能性があります.しかし,どちらの試料でも低温で長距離磁気秩序が存在するために,我々のEu2CuO4試料は,本質的に超伝導とは縁がないように思われます.超伝導化には,結晶構造の特異性以外の要素が必要であることを示唆しています.

  

Coexistence of Two Components in Magnetic Excitations of La2−xSrxCuO4
(x = 0.10 and 0.16)

Kentaro Sato, Kazuhiko Ikeuchi, Ryoichi Kajimoto, Shuichi Wakimoto, Masatoshi Arai, and Masaki Fujita
J. Phys. Soc. Jap. 89, 114703 (2020). DOI: 10.7566/JPSJ.89.114703

ホールドープ型銅酸化物高温超伝導体La2-xSrxCuO4(LSCO)では,「砂時計型」励起と呼ばれる特異な形状の磁気励起スペクトルが,超伝導相に共通して観測されています.我々は,J-PARC MLFのチョッパー分光器4SEASONSと10cc程度の良質大型単結晶を用いて,これまでにない高品質な中性子非弾性散乱データを取得し,詳細な解析を行うことで,磁気励起の起源の解明を目指しました.その結果,ピーク位置がエネルギーに依存しない格子非整合(IC)励起と、ゾーンセンターを中心とした格子整合(C)励起の重ね合わせで,広いエネルギー遷移領域でスペクトル形状を非常に良く再現できることが示せました.温度依存性の結果と併せて,低エネルギー領域のIC励起は、フェルミ面近傍のトポロジーを反映した電子-ホールペア励起で、C成分は母物質で存在していた局在スピン間の相関が支配的な集団励起に近いと推測されました.従って,超伝導体LSCOでは起源が異なる磁気励起がエネルギー階層構造を形成していることが示唆されます.(卒業生の佐藤君をはじめとする研究者の成果です.)

   

PrTi2Al20における強四極子秩序変数の磁場によるスイッチング
―磁場に依存する四極子間相互作用について―

谷口貴紀・服部一匡・橘高俊一郎・瀧川 仁
固体物理 55, 15 (2020).

PrTi2Al20が持つ結晶場基底状態は非磁性二重項であり,第一励起状態も大きいので,低温では多極子の影響が大きく表れます.私たちは,NMR および磁化・比熱の測定によって,強四極子秩序の対称性が1~2 T の磁場によって不連続にスイッチするという予想外の現象を見出し,四極子秩序状態の温度-磁場相図を実験的に決定しました.また対称性に基づく現象論的な考察により,基底状態が磁気双極子を持たない系では,外部磁場とのゼーマン相互作用と磁場によって誘起される四極子間相互作用の異方性が,同程度の大きさとなる可能性があり,両者の競合関係によって秩序変数のスイッチングが説明できることを示しました.さらにNMR ナイトシフトの異常な振る舞いから,四極子秩序を引き起こす相互作用の起源であるc - f 混成が逆に四極子秩序によって影響を受けるというフィードバック効果が,磁場誘起相転移のメカニズムに関係していることが示唆されました.

  

Oxidation Annealing Effects on the Spin-Glass-Like Magnetism and Appearance
of Superconductivity in T*-type La1-x/2Eu1-x/2SrxCuO4 (0.14 ≤ x ≤ 0.28)

S. Asano, K. M. Suzuki, K. Kudo, I. Watanabe, A. Koda, R. Kadono, T. Noji, Y. Koike, T. Taniguchi,
S. Kitagawa, K. Ishida, and M. Fujita
Journal of the Physical Society of Japan 88, 084709 (2019), DOI: 10.7566/JPSJ.88.084709
近年,銅酸化物高温超伝導体の研究では,銅イオンの配位数に依存する物性や超伝導発現機構に注目が集まっています.CuO6の6配位を取るT構造物質では,元素置換を施さない母物質はMott絶縁体ですが,CuO4の平面4配位構造を有するT’構造銅酸化物では,母物質が金属であり超伝導発現の可能性があるとして活発な議論が続いています.一方,CuO5のピラミッド構造を有するT*構造銅酸化物については,詳しい研究は行われていませんでした.そこで今回,我々は,T*構造銅酸化物の磁性の特徴を明らかにするため,ホールがドープされたLa1-x/2Eu1-x/2SrxCuO4に対してミュオンスピン緩和実験を行いました.アニール前の非超伝導試料では,広いホール濃度範囲で電気抵抗率が低温で急激に上昇し,かつ,スピングラス相が存在する一方,アニール後の超伝導試料では磁気秩序の発達は低温まで観測されませんでした.これらの結果から,T*構造において酸素アニールにより磁性が抑制され超伝導が発現すること,および,磁性の発達がキャリアの局在化に起因することを見出しました.(学生の浅野君をはじめとする研究者の成果です.)

  

Field-Induced Switching of Ferro-Quadrupole Order Parameter in PrTi2Al20
T. Taniguchi, K. Hattori, M. Yoshida, H. Takeda, S Nakamura, T. Sakakibara, M. Tsujimoto, A. Sakai,
Y. Matsumoto, S. Nakatsuji, and M. Takigawa
Journal of the Physical Society of Japan 88, 084707 (2019), DOI: 10.7566/JPSJ.88.084707
PrTi2Al20は,3価のプラセオジウム・イオンの周りをアルミニウム原子が籠状に取り囲む結晶構造を持っています.結晶場の基底状態ではプラセオジウム4f 電子の磁気双極子が消失していますが,電気四極子や磁気八極子などの高次多極子の自由度が低温で示す多彩な物性が注目されています.我々は,磁場の方向を変えながらアルミニウム原子核の核磁気共鳴(NMR)実験及び磁化測定を行い,<111>方向の磁場下で強四極子秩序に伴う内部磁場の対称性の破れを微視的に観測するとともに,<100>方向, <110>方向の磁場下で新しい磁場誘起相転移を発見し,異方的な温度-磁場相図を作成しました.従来の磁場依存性のない四極子間相互作用のモデルでは,磁場を<100>方向, <110>方向に印加した場合の磁場誘起相転移は説明できません.そこで,新たに磁場に依存した四極子間相互作用を提案し,相図を説明することができました.この物質は高圧下で超伝導転移温度が急激に増大することが知られており,NMRを活用した手法によって更なる研究の発展が期待されます.

 

Ce-doping and reduction annealing effects on electronic states in Pr2-XCeXCuO4
studied by Cu K-edge X-ray absorption spectroscopy

S. Asano, K. Ishii, D. Matsumura, T. Tsuji, T. Ina, K. M. Suzuki, and M. Fujita
Journal of the Physical Society of Japan 87, 094710 (2018), DOI: 10.7566/JPSJ.87.094710
T’構造銅酸化物Pr2-XCeXCuO4+α-δにおける超伝導は,Ce置換による電子ドーピングに加えて,還元アニールを施すことで発現します.しかしながら,アニールによる電子状態の変化と超伝導発現の関係性は未だ明らかになっていません.本研究では,Cu K-edge X-ray absorption near-edge structureにより,銅サイトの電子状態に対するCe置換とアニール効果を調べ,Ce置換,及び,アニールによる電子キャリアの増加量nCenANをCe置換量xとアニールによる酸素欠損量δに対して詳細に評価しました.その結果,nCeはxと等しいと理解できる一方で,nANは2δと一致しませんでした.アニールで高酸素量除去することにより電子とホールの2キャリアが生成される可能性を見出しました.(学生の浅野君をはじめとする研究者の成果です.)

   

μSR study of magnetism in the as-prepared and non-superconducting
T*-La0.9Eu0.9Sr0.2CuO4

M. Fujita, K. M. Suzuki, S. Asano, A. Koda, H. Okabe, and R. Kadono
JPS Conference Proceedings 21, 011026 (2018), DOI: 10.7566/JPSCP.21.011026
化学組成がR2CuO4(Rは希土類)で表される銅酸化物高温超伝導体には,結晶構造が異なる三つの物質群が存在します.この内,ホールドープ型超伝導体であるT構造La2-xSrxCuO4と電子ドープ型超伝導体であるT’構造Nd2-xCexCuO4は,電子・ホール対称性の観点から,磁性を含む諸物性が非常に良く調べられてきました.しかし,残りひとつのT*構造物質は,試料合成が難しく研究の表舞台に出ることはありませんでした. 今回我々は,ホールドープしたT*構造La0.8Eu0.8Sr0.2CuO4の粉末試料を作成し,高圧酸素アニールで超伝導化する前の物質の局所磁性をミュオン実験で調べました.その結果,as-sintered試料では,低温でも長距離磁気秩序が実現しないことを初めて見出しました.このことは,高い温度(300 K - 200 K)で長距離磁気秩序が生じるT’構造のas-sintered試料とは対照的で,磁性に影響を及ぼしている構造乱れが両系で異なることを示唆しています. 従って,T*構造物質は,T’構造物質との対比から,アニールによる結晶構造の変化と超伝導化の関係を調べるための格好の物質と言えます.また,ホールドープ系の磁気相関の一般性を調べる上でも重要です.今後,我々のグループでは超伝導化した試料での動的磁性を調べていきます.

  

Reduction and oxidation annealing effects on Cu K-edge XAFS for electron-doped cuprate superconductors
S Asano, K M Suzuki, D Matsumura, K Ishii, T Ina, and M. Fujita
J. Phys.: Conf. Ser. 969 012051 (2018), DOI: 10.1088/1742-6596/969/1/012051

T’構造電子ドープ型銅酸化物における超伝導は,元素置換による電子ドーピングに加えて,還元アニールを施すことで発現します.しかしながら,アニール効果の本質は未だはっきりしていません.本研究では,透過法Cu K吸収端X線吸収微細構造(XAFS)実験により,銅サイトの局所電子状態に対する元素置換と還元アニールの効果を調べ比較しました.その結果,アニールによる吸収スペクトルの変化は元素置換によるものと酷似することが分かり,アニールにより欠損した酸素が銅サイトに電子ドープする効果があることを,定量的な電子状態の変化から明らかにしました.

    

Development of 3He Neutron Spin Filter for the Polarized Neutron Spectrometer POLANO at J-PARC
M. Ohkawara, T. Ino, Y. Ikeda, T. Yokoo, S. Itoh, K. Ohoyama, and M. Fujita
to appear in Journal of Physics: Conference Series

中性子偏極デバイスのひとつとして,スピン偏極した3Heガスを利用するスピンフィルターが知られています.ガラスセル内に封じられた3Heガスの偏極は外部磁場によって保持されますが,高い偏極率を長時間維持するためには,セル全体に渡る磁場一様性が要求されます.本論文では,POLANOにおける中性子ビーム径程度(50mm×50mm)の断面積を持つガラスセルを内包でき,かつ,高い磁場均一性(空間変化率 < ±0.0005/cm)を有する多層ソレノイドコイルの実現可能性を有限要素法で検討しました. その結果,緩和時間700時間を可能とするデザインを見出しました.

    

Ce-substitution effects on the spin excitation spectra in Pr1.4La0.6CexCuO4+δ
S. Asano, K. Tsutsumi, K. Sato, and M. Fujita
Journal of Physics: Conference Series 807, 052009 (2017), DOI:10.1088/1742-6596/807/5/052009

電子ドープ型銅酸化物超伝導体では,単結晶育成の困難さから,超伝導と密接に関係すると考えられるスピンダイナミクスについて,あまり多くのことが知られていません.我々のグループでは,良質の単結晶を独自の手法で作成し,最近,広エネルギー帯域の磁気励起スペクトルの観測に成功しました.今回,得られたスペクトルの詳細な解析から形状と動的磁化率を評価したところ,高エネルギースペクトルほど電子濃度依存性が顕著であることがわかりました.

    

Successive Magnetic Transitions Relating to Itinerant Spins and Localized Cu Spins in La2−xSrxCu1−yFeyO4: Possible Existence of Stripe Correlations in the Overdoped Regime
K. M. Suzuki, T. Adachi, H. Sato, I. Watanabe, and Y. Koike
Journal of the Physical Society of Japan 85, 124705 (2016), DOI: 10.7566/JPSJ.85.124705

Feを部分置換した高温超伝導体La2−xSrxCu1−yFeyO4をミュオンスピン回転法によって調べたところオーバードープ領域で逐次磁気転移があることを明らかにしました.超伝導が発現するすべてのホール濃度領域で局在スピン相関に基づく磁性が現れるため超伝導と局在スピン相関の関係が示唆されます.

    

Spin Fluctuations from Hertz to Terahertz on a Triangular Lattice
Y. Nambu, J.S. Gardner, D.E. MacLaughlin, C. Stock, H. Endo, S. Jonas, T.J. Sato, S. Nakatsuji, and C. Broholm
Physical Review Letters 115, 127202 (2015), DOI: 10.1103/PhysRevLett.115.127202

南部雄亮准教授のグループは,中性子散乱を用いて三角格子反強磁性体の空間的,時間的磁気相関を明らかにすることに成功しました.磁気長距離秩序の存在しないNiGa2S4では磁気揺らぎがMHz程度で停留する温度領域が存在します.三軸分光器,後方散乱装置,スピンエコー分光器を用いた中性子散乱とミューオンスピン緩和,交流磁化率,非線形磁化率測定を組み合わせることで磁気揺動の時間スケールを定量的に解明しました.

    

Pressure-induced superconductivity in the iron-based ladder material BaFe2S3
H. Takahashi, A. Sugimoto, Y. Nambu, T. Yamauchi, Y. Hirata, T. Kawakami, M. Avdeev, K. Matsubayashi, F. Du, C. Kawashima, H. Soeda, S. Nakano, Y. Uwatoko, Y. Ueda, T.J. Sato, and K. Ohgushi
Nature Materials 14, 1008 (2015), DOI: 10.1038/nmat4351

日本大学高橋博樹教授,東北大学大串研也教授らの研究グループと共同で,約11万気圧以上の圧力下で梯子型構造を持つ鉄系化合物BaFe2S3が最高17 K で超伝導を示すことを発見しました.鉄系の梯子格子を持つ物質での超伝導は世界で最初の発見です.これまで超伝導発現機構の統一的な理解に至っていない鉄系超伝導体では,例外なく鉄の正方格子を基本構造としており,次元性の異なる結晶構造を有する超伝導体の発見が望まれていました.

    

Temperature and composition phase diagram in the iron-based ladder compounds Ba1−xCsxFe2Se3
T. Hawai, Y. Nambu, K. Ohgushi, F. Du, Y. Hirata, M. Avdeev, Y. Uwatoko, Y. Sekine, H. Fukazawa, J. Ma, S. Chi, Y. Ueda, H. Yoshizawa, and T.J. Sato
Physical Review B 91, 184416 (2015), DOI: 10.1103/PhysRevB.91.184416

鉄系超伝導体では磁気秩序を示す母物質に対して化学置換や圧力印加をすることで超伝導状態が安定化することが知られています.我々は鉄系超伝導の一次元類似化合物を研究しており,ともに磁気秩序を示す母物質であるBaFe2Se3とCsFe2Se3の希釈系で磁性が完全に抑えられる濃度領域が存在することを発見しました.

    

Dynamical Structure Factor of Magnetic Excitation in Underdoped La1.90Sr0.10CuO4
Measured by Chopper Neutron Spectrometer
K. Sato, M. Matsuura, M. Enoki, K. Yamada, and M. Fujita
Key Engineering Material 616, 291-296 (2014), DOI: 10.4028/www.scientific.net/KEM.616.291

中性子磁気非弾性散乱強度の絶対値解析は,磁性体の磁気モーメントの評価を通して磁気相関の起源について貴重な情報を与える.とりわけ電子の局在性と遍歴性の狭間で生じる特異な磁性の理解には,必要不可欠な解析である.本論文では,磁気散乱強度の絶対値を導出する二つの方法を考察し,J-PARCの実験で得られているホールドープした銅酸化物高温超伝導体La1.90Sr0.10CuO4の散乱強度をそれぞれの手法で評価した.

     

Effects of Oxygen Reduction and Ce-Doping on Magnetic Order
in T’-Pr1.40-xLa0.60CexCuO4+δ−α Studied by μSR Measurement

K. Tsutsumi, M. Fujita, K. Sato, M. Miyazaki, R. Kadono, K. Yamada
Key Engineering Material. 616, 297-301 (2014), DOI: 10.4028/www.scientific.net/KEM.616.297

T’構造電子ドープ系銅酸化物における超伝導は,反強磁性磁気秩序を示す絶縁体に元素置換し,さらに還元熱処理を施すことで発現する.本研究では,局所プローブであるミュオン回転測定法を用いて,T’構造Pr1.40-xLa0.60CexCuO4+δの磁性に対する元素置換効果および還元熱処理効果を調べた調べた.どちらの効果によっても磁気秩序は不安定化するが,ミュオンの回転成分や周波数に違いがあり不安定化のメカニズムが違うことを示唆する結果を得ることができた.

       

Temperature Dependence of Spin Fluctuations in Underdoped La1.90Sr0.10CuO4
K. Sato, M. Matsuura, M. Fujita, R. Kajimoto, S. Ji, K. Ikeuchi, M. Nakamura, Y. Inamura, M. Arai, M. Enoki, and K. Yamada
Proc. Int. Conf. Strongly Correlated Electron Systems (SCES2013),
JPS Conf. Proc. 3, 017010 (2014), DOI: http://dx.doi.org/10.7566/JPSCP.3.017010

銅酸化物高温超伝導体La1.90Sr0.10CuO4のスピン揺らぎを広い温度領域で測定した.100meV以上のスペクトルには温度変化はほとんどなく,低エネルギー領域では大きな変化が見られた.しかし,低エネルギー励起の格子非整合構造は室温付近まで見られ,この非整合構造を形作る特徴的なエネルギースケールが非常に高いことがわかった.磁気励起の起源を考える上で電荷の相関を考える必要があることを示唆している.

  

Magnetic Excitation in Lightly-Doped Bi2.4Sr1.6CuO6+y
K. Tsutsumi, M. Fujita, M. Enoki, K. Sato, D. Adroja, and K. Yamada
Proc. Int. Conf. Strongly Correlated Electron Systems (SCES2013),
JPS Conf. Proc. 3, 012007 (2014), DOI: http://dx.doi.org/10.7566/JPSCP.3.012007

Bi2-xSr2+xCuO6+yの希釈ホールドープ試料に対して,世界で初めてパルス中性子を用いた非弾性散乱実験を行った.x=0.4の試料では,数meVまでの磁気励起シグナルが(HK0)面内で異方的であることがEnokiらにより示されていたが,10meV≦E≦30meVでは等方的であることが本実験で新たにわかった.シグナルが等方的に移り変わるエネルギーはLa2-xSrxCuO4(LSCO)の同ホール濃度試料よりも低く,またLSCOで観測される“砂時計型”励起が本試料では確認できなかった.これらの原因として,化学的なディスオーダーによる1次元相関の抑制の可能性が考えられる.

  

High-Energy Spin and Charge Excitations in Electron-Doped Copper Oxide Superconductors
K. Ishii, M. Fujita, T. Sasaki, M. Minola, G. Dellea, C. Mazzoli, K. Kummer, G. Ghiringhelli, L. Braicovich, T. Tohyama, K. Tsutsumi, K. Sato, R. Kajimoto, K. Ikeuchi, K. Yamada, M. Yoshida, M. Kurooka, and J. Mizuki,
Nature Communications. 5, 4714 (2014), DOI: 10.1038/ncomms4714

Nd2-xCexCuO4とPr1.40-xLa0.60CexCuO4の単結晶に対して軟X線,中性子線,硬X線の量子ビームを用いた非弾性散乱実験を行い,絶縁体に電子をドープすることで生じる電子(スピンと電荷)の動きの変化を明らかにした.ホールドープ型超伝導体とは励起状態の様子が大きく異なり,注入された電子がより動きやすい状態にあることがわかった.
(旧研究室に在籍した佐々木君が,結晶作りから中性子散乱およびX線散乱実験,データ解析まで行いました.)
プレス発表を行いました.
   
Temperature Dependence of Spin Excitations in the Frustrated Spin Chain System CuGeO3
M. Fujita, C. D. Frost, S. M. Bennington, R. Kajimoto, M. Nakamura, Y. Inamura, F. Mizuno, K. Ikeuchi, and M. Arai,
J. Phys. Soc. Jpn. 82, 084708 (2013), DOI: http://dx.doi.org/10.7566/JPSJ.82.084708

スピンパイエルス物質CuGeO3における,連続励起領域を含む全磁気励起スペクトルの温度依存性を明らかにした.動的構造因子の温度変化から,この系の磁性に対する一次元鎖内相互作用のフラストレーション効果の重要性を論じた.

         

Dual Structure of Low-Energy Spin Fluctuations in La1.80Sr0.14Ce0.06CuO4
M. Enoki, M. Fujita, and, K. Yamada,
J. Phys. Soc. Jpn. 82, 114707 (2013), DOI: http://dx.doi.org/10.7566/JPSJ.82.114707

LSCOにおける斜方晶歪みとホール濃度の関係をCe置換することで変化させ,実効的に歪みを小さくした系での磁気励起を調べた.その結果,局所磁化率のエネルギー依存性にpeak-dip-hump構造を見出した.詳細な解析から,磁気秩序に由来する低エネルギー励起と超伝導に関係する比較的高いエネルギーの二種類の励起が存在する可能性を示した.
 
      

Spin-Stripe Density Varies Linearly With the Hole Content in Single-Layer Bi2+xSr2-xCuO6+y Cuprate Superconductors
M. Enoki, M. Fujita, T. Nishizaki, S. Iikubo, D. K. Singh, S. Chang, J. M. Tranquada, and K. Yamada,
Phys. Rev. Lett. 110, 017004 (2013), DOI: 10.1103/PhysRevLett.110.017004

単層構造Bi2+xSr2-xCuO6+yの大型単結晶を作成し,この系に対する初めての低エネルギー磁気非弾性中性子散乱実験を行った.スピン密度の空間変調の間隔と方向がホールドーピングにより変化する様子を詳しく捉え,同じく単層構造であるLa2-xSrxCuO4との比較から磁気相関の普遍性を議論した.(旧研究室で博士課程を修了した榎木さんの研究成果)

      

結晶育成

高品質大型単結晶育成
Bi2201.flv
組成傾斜フローティングゾーン育成法で,1ccを超えるBi2+xSr2-xCuO6+d大型結晶を作っている様子.
作成した結晶は,国内外の多数のグループで研究に使われています.